24. 電子辞書が英語学習者を誤らせる時


事例1)
 自由英作文の授業の際、ひとりの学生が、
I want to gain fame by my music.と書いた。文脈から判断して、「音楽で有名になりたい」と言いたかったのだと思う。それなら、むしろ I want to be a famous musician [music artist]. / I want to be famous in the music world. / I want to become famous with my music.など、別の言い方が良いのだが、同君がなぜgain fame という大げさな言い方をしたのかという点に興味を抱いて、別の日、その点を本人に確かめてみた。本人曰く、「僕の持っている電子辞書で『有名』を引いたら、最初にfameが出て来て、その用例に『小説で有名になるgain fame by one's novel』とあったのでそれを利用しました。」(左側に、同君の所持していた電子辞書の2頁を私の携帯電話のカメラで撮影させてもらった。)

「またか!」と私は思った。いつも思うのだが、学生たちの多くは、電子辞書を使う際、検索語の頁の最初に出て来た訳語や用例にすぐに飛びつく癖がある。逆から言えば、電子辞書製作者はそこらあたりをきちんと考慮に入れて電子辞書を製作しないと、ほとんどの利用者には結果的に英語的事実を歪めさせてしまう。

 「有名な」の訳語としてfamedを早めに掲示する場合もそうだ。この形容詞を、無批判に使う利用者がI want to be famed as...などと書いたらどうなるだろう。第一、famedという形容詞はマスメディアがしばしば使うが、けっして日常的なものではない。しかもその形容詞には、「われわれ(マスメディア)が有名にしたやった」という含みがある場合が少なくない。だから、一般の日本人学習者が日常的に使う必要などないものなのだ。

事例2)
 今度は少々“作為的”だが、「
英語学習者(特に初級・中級程度の学習者)は電子辞書を利用する場合、検索語の1頁目の表記に大きく依存する」という“仮説”を“検証”する目的で、某クラスで期末試験問題の中に次の3文を交ぜて英訳させてみた。受験生は30名で、全員が電子辞書を所持(紙の辞書も所持という受験生が2名)。

 
1)私は吉田課長の部下で山田と申します。
 2)私は山田の直属の上司で、吉田と申します。
 3)彼はいつも部下に八つ当たりをする。

 
 これに対する答えて一番多かったのは次の例。


  1) I am Yamada, a subordinate of Chief Yoshida./ My name is Yamada and I am a subordinate of Manager Yoshida.
  2)
I am Yamada’s direct [immidiate] supervisor. My name is Yoshida./ I am Yoshida, Yamada’s immediate superior [supervisor].

  3) He always takes it out on his men [subordinates].

 
 上記の解答からすぐに分かることは、30名の学生全員が、各人所有の電子辞書に搭載されている和英辞典の訳語・用例に影響され、必然的に上記のような解答の英文を作るという事実だ。試験後、一人の学生の電子辞書の「部下」と「直属」の項を携帯電話のカメラで撮影させてもらった左に示す通りである。それによっても分かるだろうが、電子辞書の訳語を何の考えもなく“援用”する受講生ばかりだと言うことだ。もちろん、日常的で自然な英語に慣れている学生がいるのであれば、こういう英語にはならないのだが、日本で英語学習を始めて、紙の辞書であると電子辞書であるとを問わず、英語の辞書の使い方をきちんと教わっていない諸君残念ながら、私の担当学生は例外なく、英語の辞書の使い方を全く、あるいはほとんど教わっていないは必然的にこういう英語を書くということだ。いわゆる“受験英語”では、これでも得点につながる解答だ。だが、日常英語としては、きわめて特殊警察・軍隊などで用いるという意味であって、けっして日常的ではない。特に、subordinateという語は時に自虐的に、時に軽蔑的に用いる語であるから、使用に当たっては要注意だ。

 それでは、一般企業などで日常的に用いる英語としては、それぞれの日本語はどのように言うだろうか。私なら次のように言うこれが唯一正しいなどというつもりはない

  1)私は吉田課長の部下で山之内と申します。
I am Yamanouchi and I work for [《英また》under] Manager Yoshida.
  2)私は山田の直属の上司で吉田と申します。
I am Yoshida and Yamada reports (directly) to me.
  3)彼はいつも部下たちに八つ当たりをする。
He always takes it out on his people.

 猫も杓子も電子辞書を使う時代になってしまったが、よほど良い辞書を制作しなければ、学習者・利用者は誤った英語を身につけることになる。自戒の意味も込めてここにその点を記しておく。